西方地域について
西方地域の観光情報
栃木市の最北端にある西方地区は県南西部に位置し、東部は地元では小倉川と呼ばれる思川を境に鹿沼市及び壬生町と接し、北部は山地の尾根を境に鹿沼市の粟野地区に隣接しています。

かつて、その昔は宇都宮領で、山城を築城した領主が宇都宮の西に位置していることから「西方」と名乗ったことにより、この地が西方と呼ばれるようになったと言い伝えられています。

西方地区は、西方地域と真名子地域に大別され、江戸時代の西方地区では「西方五千石」と謳われるほどの肥沃な稲作地帯として知られるほど豊かな農業地帯であり、現在では稲作をはじめいちごやニラなどの産地として知られています。
また、西方地区への玄関口となる東武日光線・東武金崎駅周辺は江戸時代、日光例幣使街道の宿場町として金崎宿が置かれ、多くの旅人達でにぎわいました。この付近を流れる思川の河川敷には、春になると見事な桜の花が咲き、「金崎のさくら」として今でも訪れる人々を楽しませています。

真名子地区には、姿かたちが変わらぬまま八百年もの長い間生き続けた尼僧の伝説「八百比丘尼伝説」で知られる八百比丘尼(おびくに)尊を祀る八百比丘尼堂など数多くの文化財が存在しています。
交通のアクセスも抜群で、東武日光線をはじめ国道293号線のほか、東北自動車道が地区内を縦断しています。最寄りの高速道路のインターチェンジ(IC)は北関東自動車道都賀ICが近く、これにより西方地区へのアクセスはスムーズになりました。今後は東北道都賀西方サービスエリア付近にスマートインターチェンジが設置されることが決定し、より一層の地域間交流の進展や魅力向上につながるものと考えられます。

《参考》 栃木市 www.city.tochigi.lg.jp/hp/menu000010000/hpg000009372.htm
※西方地区の観光情報において掲載されている箇所になります

栃木市観光協会 www.kuranomachi.jp/spot/nishikata/
西方地域の観光情報
【自然】
    金崎のさくら(金崎)
  • 「とちぎの景勝100選」のひとつで、思川の堤防に植えられた桜並木でおよそ200本もの桜の木が植えられています。
    その起源は当時の金崎青年団が大正14年(1925年)に時の皇太子(昭和天皇)のご成婚を記念して、植樹されたものです。毎年、春になると「金崎のさくら祭り」が開催され、多くの花見客でにぎわいます。
  • 小倉川(本城~金崎)
  • 隣接する鹿沼市粟野地区を水源とする当地区の北部を流れる川で、春は金崎の桜、夏はアユ釣り客でにぎわいます。正しくは「思川」ですが、当地区では昔から親しまれている「かっぱ伝説」にちなみ、「小倉川」と呼ばれ親しまれています。
  • サイカチの木(本城)
  • 思川を一望できる地に、「水神社」があり、その境内にある木です。 木の幹の太さは最大で4メートルほど、高さはおよそ15メートルになる大きな木です。
    昭和56年(1981年)に西方村(当時)の文化財に指定。
  • しだれ桜(元)
  • 当地区内随一の大きさを誇るしだれ桜は県名木百選のひとつで、市の指定文化財にも登録されています。
    樹齢およそ550年、室町時代に植えられたものとされています。
    ※個人のお住まいになりますので、くれぐれも訪問の際はご配慮願います。
  • 真名子の八水(真名子)
  • 古くからの伝説とともに、その面影を今に残す「真名子の八水」はそれぞれに言い伝えがあり、当地区において欠かせないシンボルの一つとされています。
  • 「円満寺の瑠璃水」
    春日仏師がここで身を清め、円満寺の御本尊とされる薬師瑠璃光如来像を彫ったことに由来する。
    「水木の弘法水」
    弘法大師がこの地に来て加持祈祷を行った際に清水が湧き出したことに由来する。
    「悪馬が橋の一杯清水」
    昔、ここに人を食う悪い馬が出たことからこの名がついたとされている。
    「洞雲寺の八龍水」
    八大龍王が水を呼び寄せてできたとされ、この池の底をさらえば必ず雨が降るとの言い伝えがある。
    「別所の独鈷水」
    最初は飲めない水だったが、弘法大師が仏具の一種でもある独鈷を用いて加持祈祷をしたところ清水に変わったという言い伝えがある。
    「別所の閼伽水」
    日光開山の祖・勝道上人が朝夕そのきれいな水を汲んではお釈迦様に供えていた(閼伽(あか)と呼ばれる)とされる。
    「中内の蜥蜴水」
    かつては毒を含み、飲むと死に至らしめる水とされたことが由来。今でもこの水を飲むと腹痛を起こすといわれている。
    「男丸の鑑水」
    八百比丘尼伝説において、八重姫が自分の姿を映した池とされる。このことから、別名「姿見の池」と呼ばれる。
    真上のけやき(真名子)
  • 源平の合戦の頃、世を捨てて真上の地に住み着いたとある夫婦が、行方不明となった一人娘の成長を願って植えられたものとされている。樹齢およそ800年、高さは25メートルほど。
    昭和59年(1984年)に西方村(当時)の文化財に指定。
【歴史】
    宇都宮領境界標(金崎)
  • この境界より「西の方向」にある場所が、「西方」。
    中世における宇都宮領との境界は、かつては東武金崎駅の前にありましたが、愛宕神社の雨除けを建造する際に現在の場所へ移されました。
    のち、昭和56年(1981年)に西方村(当時)の文化財に指定。
  • 愛宕神社(金崎)
  • 慶長12年(1607年)創建。当時の西方城主藤田能登守の命により創建されたもので、御祭神として火結神を祀っています。
    一説によると、社殿を造営したのは日光東照宮の造営に携わった宮大工や彫り物師たちが手掛けたと伝えられています。精巧な彫刻が施された荘厳な造りの社殿は、昭和56年(1981年)に西方村(当時)の文化財に指定されました。
  • 近津神社(本城)
  • 時の西方城主の命を請け、宇都宮二荒山神社より御分霊を観請。御祭神として大己貴命、事代主命、武甕槌命を祀り、当時の西方郷十三ケ村の総鎮守として鎌倉時代に創建されました。
  • 出山釈迦像(元)
  • 出山釈迦像とは、室町時代より禅僧などが苦しい修行における最後の姿を示すものとして、絵画や彫刻のようなかたちで残したものです。 この像は元地区の実相寺にあり、造りは寄木造、玉眼、二重白毫、高さは約120cm。細部の省略もなく、誠実に故事を表現した作品です。昭和45年(1970年)には、栃木県の文化財指定を受けました。
  • 鉄造薬師如来坐像(金井)
  • 鎌倉時代に造られたとされる鉄造の仏像で、当時の年号(建治3年)が記録されていますが、作者不明。当時の鉄仏としては秀作とされ、昭和27年(1952年)に国の重要文化財に指定されました。
  • 八百比丘尼堂(真名子)
  • 真名子地区に伝わる八百比丘尼伝説ゆかりの地に、八百比丘尼像が安置されています。
    八百比丘尼伝説とは、不老不死の肉を食べた少女(八重姫)が、18歳の頃の美しい姿のままおよそ800年もの歳月を生き、最後は尼となり入滅したとされる言い伝えを指します。
    日本国内において八百比丘尼伝説が伝わる場所は数あれど、八百比丘尼像が存在する場所は福井県小浜市と真名子地区の2か所のみといわれています。
    また、その像は昭和56年(1981年)に西方村(当時)の文化財に指定され、地元では親しみを込めて、「おびくにさま」と呼ばれています。
~八百比丘尼伝説~
昔、子供のいない長者夫婦がいました。二人が庚申様に子供が授かるよう一生懸命に祈ったところ女の子が生まれ、その女の子に八重姫と名づけました。

姫が七歳になったある日、長者夫婦の家に白髪の老人が訪ねてきて、長者を自分の家に招き、庚申様を一緒に信心したいと申し出ました。長者は老人の家で不老不死の薬だといって煮貝のようなものを勧められましたが、肉食を絶っていたので、食べたふりをして袂に入れました。
家に帰った長者に、八重姫がすがりつき、袂から貝の肉がこぼれ落ちました。姫はそれを父がくれたものと思い食べてしまいました。

やがて、美しく成長した十八歳の八重姫の噂を聞き帝が都に召し出そうとしましたが、それを知った姫は家を出てしまいました。
真名子の里を離れた姫は、山道で会った白髪の老人の家で暮らしていましたが、両親が恋しくなり帰りたいと告げました。 すると老人は、ここを出れば二度と戻れないこと、自分は庚申であることを告げ、屋敷とともにこつ然と姿を消してしまいました。

里に帰り着いた姫は、家を出てから八百年も月日が立っている事を知ります。途中、山のふもとの池で手を洗い、姿を映してみましたが、信じられないことに十八歳の娘のままです。やがて、姫は尼になり名を妙栄とあらためて巡礼の旅に出ました。そして長く生き過ぎた妙栄は、ついに若狭の海に身を沈めて命を絶ちました。
以後、若狭では八百姫大明神、真名子で八百比丘尼様として祀られ、今に伝えられています。
【イベント】
《春》
    金崎のさくら祭り
  • 毎年3月末から4月上旬にかけて開催されます。思川の堤防に並ぶ桜並木の景色は美しく、毎年多くの来場者でにぎわいます。
    にしかたいちご祭り
  • 毎年5月の初めに、JAかみつが西方いちご部会青年部の主催で、イチゴ農家有志のビニールハウスにてイチゴ狩りが行われます。
    また、「道の駅にしかた」においても各種模擬店が出店するなど、にぎやかなイベントとなっています。
《夏》
    にしかた子ども夏祭り
  • 毎年8月下旬に、西方地区の子どもたちと地域住民とをつなぐ交流イベントです。
    さまざまな模擬店や多くの出し物、フィナーレの打ち上げ花火など、子供たちはもとより、大人でも楽しめるイベントとなっています。
《秋》
    ど田舎にしかた祭り
  • 毎年晩秋の頃、農商工の垣根を越えて地域の若者たちが主体となり、道の駅にしかたの東側の田んぼを会場に、さまざまな企画と催し物が開催され、多くの模擬店が出店するなどにぎやかなイベントとなっています。
    商工会では模擬店の出店などの協力をはじめ、商工会青年部員有志がイベントの実行委員として運営に携わっています。
《冬》
    どんど焼き
  • 地域における年始の正月飾りの奉納行事ですが、高く築かれた枝や葉が炎に包まれる姿は圧巻そのもの。
【レジャー】
(地区内のゴルフ場) 首都圏からも日帰りでラウンドでき、プレー終了後は近隣の飲食店にてコンペの打ち上げにご利用ください。

  • 真名子カントリー倶楽部
  • 大倉カントリー倶楽部
  • トムソンカントリー倶楽部
【施設】
    小倉堰(本城)
  • およそ400年前、時の西方城主藤田能登守によって思川(小倉川)より西方・都賀地域への灌漑用水等の取水堰として造られたものです。小倉堰の設置により、西方地区は「西方五千石」「栃木県のウクライナ」と称されるほどの肥沃な穀倉地帯として、多くの実りがもたらされました。
    現在の小倉堰は昭和29年(1954年)に固定堰として完成されたもので、関東土堰のひとつとされています。
    近くには水神社の境内のほか、西方ふれあいパークが設置され、バーベキュー場、公園、遊具等があり、地域の方々の憩いの場となっています。
  • かっぱ広場(本城)
  • 地区の北部をながれる思川の河川敷にある広場で、敷地内には「小倉川」と呼ばれる所以や、「かっぱ伝説」について記述があるモニュメントがあります。
  • 八百比丘尼公園(真名子)
  • 豊かな自然に囲まれたこの公園では四季折々の変化が楽しめるほか、メダカ専用の池では、数万匹のメダカの群れを見ることができます。また、園内には八重姫が自分の姿を写した池と伝えられている「姿見の池」や、尼になった姫が彫ったとされる八百比丘尼尊像が安置されている八百比丘尼堂があります。
道の駅にしかた
道の駅にしかたは、平成21年11月に県下17番目の道の駅としてオープンしました。
また、平成26年4月にリニューアルオープンし、利便性が向上しました。
「農産物直売所」では安心・安全で新鮮な農産物および加工品を販売し、「農村レストラン」では地元農産物を活かした飲食メニューの提供に加え、ジェラートコーナーでは地元産イチゴを使ったジェラートだけでなく、地元のお米のリゾットを用いたオリジナルジェラートなどを販売しています。さらに「交流物産館」では地域の特産品および名産品を販売しています。
  • 所在地  栃木市西方町元369-1
  • お問い合わせ 0282-92-0990
  • 営業時間  「道の駅にしかた」公式ウェブサイトをご確認下さい

URL michinoeki-nishikata.com/
西方町内共通商品券「八百比丘尼(おびくに)商品券
地元商店における購買力促進と地域内の商業活性化を目的に、西方町内共通商品券(通称;八百比丘尼(おびくに)商品券)は平成12年の発行以来、西方地区のみなさまの普段のお買いものをはじめ、特別な日の記念品・贈答品などのおくりものとしてご利用いただいています。

なお、お買い求めの際は商工会、または下記販売代理店までお問い合わせください。
地区 商品券販売代理店名 所在地 お問い合わせ先
金崎 ㈲八百林商店 栃木市西方町金崎301-2 0282-92-2111
㈲ムギクラ 栃木市西方町金崎301-2 0282-92-2050
㈲佐藤金物店 栃木市西方町金崎324-6 0282-92-2301
佐藤商事㈲ 栃木市西方町金崎789-1 0282-92-2821
真名子 ㈱ユサワ自動車 栃木市西方町真名子1113 0282-92-8377
西方地区内共通商品券「八百比丘尼(おびくに)商品券」

共通商品券加盟店舗一覧(平成28年4月現在)
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